幕末の動乱 in 北海道
正式な家系図を作成する場合は、戸籍を取得してご先祖様をたどっていきます。たいてい、幕末生まれのご先祖様のお名前まで判明します。そんなわけで、今回は幕末・北海道編です。
松前藩の歴史
天明8年(1788年)幕府より、諸国の実情を視察する目的で派遣された一行が、松前を見て「都のようだ」と大変驚いたといいます。松前には、蝦夷の交易の中心となり、1701年5000人だった人口が、1850年には、3万人に達していました。
藩主の松前氏は、もともと蠣崎という姓でした。津軽の豪族・安東氏が蝦夷地に進出した際、家臣として松前に渡り、一気に勢力を拡大していきました。蠣崎の5代目・慶広が時代の流れに非常に機敏に対応し、豊臣秀吉が天下を取った際には、秀吉に近づき、安東氏の支配から脱することに成功し、徳川家康の代になると、家康に蝦夷島地図や家譜を差し出して、姓も土地名からとった「松前」と改めました。
他藩と異なり、年貢米の代わりに、先住民アイヌとの貿易の利益や海産物の移出によって経済を賄っていました。
幕末の動乱
幕末の動乱、松前藩の内部でも幕府軍につくのか、新政府軍につくのかで揉めていました。そんな中、榎本武揚が、函館・五稜郭を占領し、松前城に進撃してきました。あっという間に攻略されてしまいます。彼は、北海道を開拓し将軍を迎え新たな国を作ろうと構想していました。しかし、明治2年、新政府軍が松前城を奪還し、五稜郭を進撃。榎本軍が降伏し、戊辰戦争は終わりました。
北海道民の気質
県民性は、その土地の風土や歴史とも関係してきます。戊辰戦争後、国策により本土から多くの移住者が雄大なロマンと開拓精神を持って、北海道に渡ってきました。明治時代に北海道に渡った一世は、出身地の家柄を気にする必要もなくなり、土地に執着せずに自由に移動していました。そして、行く先々でその土地になじみ、出会った人とすぐに良好な関係を築いていった。そんなことから、陽気で相手の懐に入るのが上手い気質ができたのかもしれません。
北海道の名字ランキング
1位・佐藤 2位・高橋 3位・佐々木 4位・鈴木 5位・伊藤
6位から20位・田中・渡辺・吉田・小林・中村・斎藤・加藤・山本・山田・阿部・木村・工藤・三浦・斉藤・菅原
明治時代以降に移住した人が多いので、北海道特有の名字は少ない。移住元の東北、北陸、四国に多い名字を合わせたランキングになっています。
追記
家系図の調査を行っていても、ルーツを辿っていくと北海道と繋がりがあったご先祖様がいたというケースは、珍しくありません。個人的には、北海道の支笏湖に3ヶ月ほど滞在して各地を巡ったことがあります。人がとても温かく、食べ物もとても美味しく、5キロも太ってしまいました。ご存じラーメンも有名で、札幌の味噌・函館の塩・旭川の醤油・そして室蘭のカレーどれも美味い。寿司もちゃんちゃん焼きも最高です。ジャガイモを蒸しただけでも美味しい。ルタオなど美味しいお菓子屋さんも沢山あって、とても素敵な場所です。また、機会があれば伺いたいと思っています。
【参考図書:大名の日本地図 文春新書 中嶋繁雄】
(黒川総研 系図倶楽部より)